日本銀行の利上げ決定以降、テレビや新聞では「長期金利上昇」の話題が繰り返し報じられている。その際、しばしば原因として挙げられるのが、高市早苗首相による積極財政、すなわち国債発行の増加である。
しかし、この説明は本当に妥当なのだろうか。金融市場の動きと経済の実態を冷静に見れば、責任の所在が意図的にすり替えられている構図が浮かび上がる。
コストプッシュ型インフレで利上げは合理的だったのか
現在の物価上昇は、需要が過熱した結果ではない。エネルギー価格の上昇や輸入コスト増による、典型的なコストプッシュ型インフレである。
実際、消費者物価指数を見ても、食料品のみの上昇率は約1.6%にとどまっており、家計が「値上げラッシュ」に耐えられないほどのインフレが起きているとは言い難い。
このような状況で利上げを行えば、物価を抑える効果は乏しい一方、景気を冷やす副作用だけが強く出る。これは経済学の基本である。
市場が警戒したのは「財政」ではなく「金融」
長期金利がわずかに上昇した理由を、積極財政に求める報道が目立つ。しかし、日本国債市場において、財政不安を示すような兆候は見られなかった。
入札不調も起きていない。信用不安もない。市場が反応したのは、日本銀行が景気悪化を招きかねない利上げに踏み切ったこと、その姿勢そのものである。
利上げは将来の成長率を押し下げ、税収減につながる可能性がある。市場はそのリスクを織り込んだ結果、長期金利がわずかに上昇したに過ぎない。
積極財政が金利上昇を抑えたという視点
むしろ逆の評価も成り立つ。高市首相が積極財政を掲げ、公共投資や需要創出に前向きであるからこそ、市場は日本経済の底割れを回避できると見ている。
もし、金融引き締めに加えて財政まで緊縮に転じていたら、市場の反応はもっと大きかった可能性がある。今回の金利上昇が限定的だったのは、積極財政が下支えになっているからだと見る方が合理的だ。
日銀の「尻ぬぐい」を政府にさせる構図
それにもかかわらず、メディアは利上げによる悪影響には深入りせず、「国債発行が多いから金利が上がった」という単純な説明を繰り返す。
これは結果として、日本銀行の判断によって生じた市場の不安を、政府、とりわけ高市首相の積極財政に押し付ける構図を作り出している。
本来問われるべきは、「なぜ今、利上げだったのか」という日銀の判断であるはずだ。
なぜメディアは日銀を批判しないのか
ここで無視できないのが、テレビ局や新聞社と金融機関の関係である。金融機関は大口広告主であり、新聞にとっては大量購読者でもある。
その結果、金融機関に不利になりかねない論点、例えば利上げによる金融機関の受益構造や、日銀当座預金付利制度の問題は、ほとんど報じられない。
これは誰かが命令しているという話ではない。広告主を不用意に刺激しないという、メディアの自己検閲が働いた結果である。
責任の所在を曖昧にする危険性
金融政策の責任が曖昧にされたままでは、同じ過ちが繰り返される。失われた30年の間、日本経済は何度も拙速な引き締めで回復の芽を摘まれてきた。
それでも責任の所在が問われなかったため、誰も検証されず、政策だけが繰り返されてきた。
結論:誰のための説明なのか
今回の利上げと長期金利上昇を巡る報道は、「国民に分かりやすい説明」を装いながら、実際には日本銀行を守り、政府に責任を転嫁する役割を果たしている。
高市首相の積極財政がなければ、金利はもっと不安定になっていた可能性すらある。それを無視して「財政が悪い」と断じるのは、あまりに一面的だ。
誰が決め、誰が得をし、誰が負担を負っているのか。その基本的な問いを避け続ける限り、日本経済は同じ場所を回り続けることになる。
今こそ、利上げの是非とともに、その責任の所在を正面から議論すべきではないだろうか。

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