「マス・メディアは常に裏取りをして報道している」というイメージがあります。ニュース番組や新聞の記事では、「複数の情報源から確認済み」と強調され、記者の取材能力や独自の調査力が前提とされています。しかし、事実を俯瞰的に観察すると、この裏取り神話は大きな誤解であることがわかります。
裏取りの名の下の「カンペ依存」
実態として、多くの大手メディアの記者やキャスターは、一次資料を自力で分析する能力を十分に持っていません。その代わり、官庁や企業が用意した「カンペ」に依存して記事を書きます。このカンペとは、プレスリリースや公式発表の要点をまとめたものであり、事実の編集・切り取りが意図的に行われていることもあります。
記者はパブロフの犬のように、与えられたカンペという「餌」に食いつき、無自覚に与えられた情報をそのまま真実と信じ込む傾向があります。そしてその内容を、事実確認済みであるかのように国民に発信してしまうのです。
裏取り神話の危うさ
マス・メディアが「裏取り済み」と強調する場合、裏取りの範囲は通常、次のような限定的な確認です:
- 官庁や企業の公式担当者に内容を確認
- 数値や日付など、形式的な整合性のチェック
しかし、このプロセスでは情報の背景や意図、データの恣意的操作までは検証されません。一次資料の信憑性や、発表内容が国民に誤解を与える可能性について、深く考慮することはほとんどないのです。
カンペ依存による情報の単純化
官庁や企業は、国民に伝えたいメッセージや世論誘導の意図を持っています。カンペはその意図を簡潔に伝える道具であり、記者はそれをそのまま記事に写すだけで簡単に仕事が完了します。
結果として、ニュースは次のような特徴を持つことになります:
- 単純化された情報:複雑な政策やデータが、理解しやすい形に編集される一方で、重要な背景や前提条件が省略される
- 意図的な誘導の温床:官庁や企業の思惑が、記事を通じて無意識のうちに国民に伝わる
- 批判的検証の欠如:記者自身がカンペの意図や偏りに気づかず、記事の内容を事実そのものと信じてしまう
国民の視点で必要なリテラシー
こうした構造を理解すると、国民が情報を盲信することの危険性が見えてきます。マス・メディアの情報は「報道された事実そのもの」ではなく、官庁や企業が選別・編集した情報が反映されたアウトプットであることを前提に受け取るべきです。
国民が行うべき具体的な行動は次の通りです:
- 一次資料や公式文書を自分で確認する
- 複数の情報源から比較する
- 記者やメディアが誰の意図に沿って情報を編集しているかを想像する
視点を俯瞰することの重要性
マス・メディアの構造を理解すると、表向きの「報道の自由」や「独立性」という言葉の裏で、実際には限られた事務作業やカンペ依存が横行している現実が浮かび上がります。これは、メディアが意図的に嘘をついているというよりも、構造的に国民を意図せず誘導しやすいシステムになっていることを意味します。
結論
マス・メディアの裏取り神話は、形式的な確認作業に過ぎず、本質的な事実検証ではありません。一次資料の持ち主が作ったカンペを無自覚に信じ、国民に発信する構造は、報道の独立性を制約し、意図せぬ世論誘導の温床となります。
国民自身が一次資料を確認し、多様な情報源を比較し、メディアの意図を俯瞰的に見抜くことが、情報に振り回されずに社会を理解するための最も現実的な方法です。

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