日銀当座預金付利制度が金融政策を歪める──中立性を失った意思決定

日本銀行の利上げを巡る議論では、「物価」や「賃金」ばかりが語られる。しかし、その判断の前提となっている制度設計そのものが、意思決定を歪めている可能性については、ほとんど触れられない。その象徴が、日本銀行当座預金への付利制度である。

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本来、当座預金に金利は付かない

銀行実務において、当座預金は決済用資金であり、現金同等の扱いを受ける。預金ではあるが、利息は付かず、運用目的の資金ではない。これは日本に限らず、金融の常識である。

当座預金に金利が付かないのは理由がある。決済の安全性と中立性を保つためであり、ここに利回りを持ち込めば、資金の性格そのものが変質してしまうからだ。

白川日銀で導入された「非常措置」

日本銀行が当座預金に金利を付け始めたのは、2008年の金融危機後、白川方明総裁時代である。市場の混乱を抑え、急増する超過準備に対応するための、あくまで非常時の政策対応だった。

問題は、この制度が危機対応であったにもかかわらず、その後も恒久化され、今日に至るまで温存されている点にある。

付利制度が生む「無リスク収益」

量的緩和の長期化によって、金融機関が日銀に預ける当座預金残高は巨額になった。そこに金利が付くことで、金融機関は貸出や投資を行わなくても、日銀に資金を置くだけで確実な利息収入を得られる。

これは金融機関の経営としては合理的だが、実体経済にとっては好ましくない。資金は企業投資や賃上げに回らず、日銀のバランスシート内で滞留する。

利上げが意味するもの

ここで利上げが行われると、日銀当座預金に付く金利も上昇する。つまり、利上げとは金融引き締めであると同時に、金融機関への利息支払いを増やす政策でもある。

家計や中小企業にとって利上げは負担増だが、金融機関にとっては収益改善となる。この非対称性は、金融政策の中立性を根本から損なう。

金融機関出身委員に働くインセンティブ

日本銀行の金融政策決定会合には、金融機関出身の委員が含まれている。彼らが不正をしているという話ではない。しかし、付利制度が存在する限り、利上げが金融機関の利益に直結することは制度上の事実である。

その結果、金融機関出身者が利上げを肯定的に評価しやすい心理的インセンティブが働く。これは個人の倫理の問題ではなく、制度設計の問題だ。

中立性を失った金融政策

本来、金融政策は国民経済全体を見て判断されるべきものである。しかし当座預金付利制度の下では、利上げが特定セクターの利益と結びついてしまう。

これは、日本銀行が意図的に誰かを優遇しているという話ではない。制度そのものが、結果として判断を歪める構造を作っているのである。

本当に見直すべきものは何か

コストプッシュ型インフレの下で議論すべきは、金利水準そのものではない。まず見直すべきは、当座預金に金利を付けるという例外的な制度である。

当座預金は本来無利息という原則に立ち返れば、利上げの是非は純粋に経済実態に基づいて判断されるようになる。金融政策の信頼性を回復するためにも、付利制度の廃止または大幅な見直しは避けて通れない。

結論:制度を放置すれば議論は空回りする

利上げを巡る議論が混乱する最大の原因は、制度の歪みが放置されていることにある。付利制度という前提を変えない限り、どれほど丁寧に利上げの是非を議論しても、本質には届かない。

日本銀行が本当に国民経済を重視するのであれば、まず自らの足元にある制度から見直すべきではないだろうか。

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