中国駐大阪総領事・薛剣の暴言と台湾有事──恫喝外交が招く日本の安全保障リスク

目次

中国駐大阪総領事・薛剣の暴言に見る「白羊艦隊事件の再来」

中国の駐大阪総領事・薛剣(せつ・けん)氏がSNS(X)上で、高市早苗首相に対して「その汚い首を切り落としてやる」といった趣旨の暴言を投稿した。 この発言は、明らかに日本の首相に対する脅迫であり、外交官としての立場を根本から逸脱するものである。 日本政府は「極めて不適切」として抗議したが、中国側からは明確な謝罪も更迭も行われていない。

この一件を見て、私はふと明治期の「白羊艦隊事件」を思い出した。 それは、日清戦争のわずか数年前、清国(当時の中国)が「友好訪問」と称して北洋艦隊を日本に派遣した際に起きた事件だ。

白羊艦隊事件──威圧が外交だった時代

1886年、清国の白羊艦隊が長崎に入港した。 表向きは友好訪問であったが、艦隊将兵が市街で日本の警官と衝突し、発砲事件にまで発展した。 清国側は謝罪どころか、日本側の「非礼」を主張し、以後も日本近海で威圧的な行動を取った。

この事件は、日本国民に深い不安と憤りをもたらした。 明治新政府が近代国家として歩み始めた矢先、隣国の大国が武力で圧力をかける。 まさに「文明国に対する恫喝外交」であり、これが後の日清戦争への伏線となったことは、歴史が証明している。

戦狼外交と現代の威圧

130年以上を経た現代の中国も、外交スタイルにおいて当時と驚くほど共通する側面を持っている。 習近平政権のもとで強まった「戦狼外交(ウォー・ウルフ・ディプロマシー)」は、強硬で挑発的な言動を特徴とする。 外交官がSNSを用いて他国の首脳や政府を攻撃するのは、まさにその象徴である。

薛総領事の発言も、単なる個人の暴言ではなく、中国共産党政権が掲げる「強国イメージ」の延長線上にある。 問題は、それが日本の主権と尊厳を真っ向から侮辱しているという点だ。 かつて白羊艦隊が軍艦を見せつけて威嚇したように、現代の中国はSNSと外交官を通じて心理的圧力を行使している。

台湾有事は日本有事である

ここで無視できないのが、台湾有事と日本の安全保障の直結性だ。 台湾有事が発生すれば、日本のシーレーンが遮断され、石油や天然ガス、食料などの重要物資の輸入が停止する可能性がある。 これは1973年の石油ショックを上回る経済的打撃をもたらすだろう。

さらに尖閣諸島を含む沖縄周辺離島は、中国海軍による封鎖や占拠のリスクに直面する。 海上封鎖が現実化すれば、島民の生命や生活基盤は直接的な危険にさらされる。 つまり、台湾有事は日本の国家・国民にとっての有事であることは疑いようがない。

この現実を踏まえると、薛総領事のような外交官に問いかけるべき疑問は明確だ。

「台湾有事が日本のシーレーンを断絶し、生活・産業に不可欠な資源を遮断する可能性がある。さらに尖閣諸島や沖縄離島は中国海軍による封鎖の危険にさらされる。これでもなお、日本有事ではないとお考えですか?」

この問いは感情的な挑発ではなく、国際安全保障の現実を直視するための論理的質問である。

メディアの沈黙という異様

さらに不可解なのは、日本の主要メディアがこの問題を大きく取り上げず、淡々としたトーンで報じていることだ。 一国の首相に対して他国の外交官が「首を切る」と暴言を吐いたにもかかわらず、社説も論評もほとんど見当たらない。 経済的な中国依存、政府発表を超えない報道姿勢、あるいは「波風を立てたくない」という忖度―― そのいずれにせよ、国家的侮辱を前に沈黙する報道機関の姿勢は異様である。

報道とは、政府の代弁でもなければ、経済関係の守護者でもない。 国民の知る権利と、国家の尊厳を守る最後の砦であるはずだ。 それが失われれば、国民は現実の危機を正確に認識できなくなる。

再び威圧外交が火種となる

白羊艦隊事件も、薛総領事の暴言も、台湾有事の現実も、根本にある思想は同じだ。 「相手国の主権を軽視し、威圧によって服従させようとする発想」である。 こうした外交姿勢は、必ず緊張と対立を生み、取り返しのつかない衝突を招く可能性が高い。

現代の日本は、当時とは違い国際法を遵守し、同盟国や国際社会と連携する力を持つ。 だからこそ、日本政府は毅然と「ペルソナ・ノン・グラータ(受け入れられない人物)」を宣言し、外交官としての責任を明確に問うべきだ。 国民もまた、メディア報道を鵜呑みにせず、自らの主権意識を持って事態を見つめる必要がある。

終わりに──歴史は形を変えて繰り返す

1886年の長崎で白羊艦隊は軍艦の威力を見せつけ、明治の人々を震撼させた。 2025年の大阪では、中国の外交官がSNSで首相を脅迫する。 さらに台湾有事の現実は、日本国民の生活と領土を直接脅かす。

手段は変われど、本質は変わらない。歴史は単なる過去ではなく、現在を映す鏡である。 日本が再び恫喝に屈しない国家であるためには、国民一人ひとりがこの異様な事態を直視し、冷静に、そして毅然と声を上げる必要がある。

今回の事件は単なる外交問題ではなく、国家の尊厳と国民の生命・生活が試される瞬間である。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次