NHKは長年「公共放送」を名乗ってきた。しかし、近年の一連の出来事を冷静に積み重ねていくと、もはやNHKを公共放送と呼ぶことはできない。
それどころかNHKは、民主主義社会における統治原理そのものに挑戦する存在へと変質している。
aespaの紅白歌合戦出場をめぐる強行姿勢、国民感情を無視した番組編成、そして横浜市に対する27年遡及・3700万円超の受信料徴収。
これらは単発の不祥事ではない。NHKという組織が、民主主義の枠組みから逸脱し、誰の統制も受けない半独立権力へと暴走している証拠である。
市場原理も、政治統制も拒否する異常な組織
民主主義国家において、大規模組織は必ずいずれかの統治原理に服する。
- 民間企業なら市場原理
- 行政機関なら政治と議会の統制
しかしNHKは、このどちらも拒否している。
受信料は強制徴収であり、市場原理は働かない。
一方で「政治介入は許されない」という建前のもと、国会の統制も霞が関構文で巧妙にかわし続けている。
結果としてNHKは、
金は強制的に集め、意思決定には誰も口出しできない
という、民主主義社会では本来成立してはならない地位を手に入れてしまった。
横浜市の受信料問題が示した“制度の暴力性”
横浜市が403台のテレビ・カーナビ等について、27年前までさかのぼって約3714万円を支払わされた問題は、その象徴である。
注目すべきは、
- 視聴の有無は一切考慮されない
- 業務用モニターやカーナビでも徴収対象
- 地上契約済みでも「衛星契約が必要」と後出し解釈
という点だ。
これは「公共放送の受信料」ではない。
NHK自身がルールを作り、解釈し、徴収する準租税そのものである。
しかもその支払い原資は、市民の税金だ。
国民はNHKの番組編成にも、徴収の妥当性にも、一切の拒否権を持たない。
この構造が民主主義と両立しないことは、もはや明白だろう。
aespa紅白問題に見る「国民不在の意思決定」
aespaの紅白出場問題も同根である。
国民的番組を名乗りながら、
- 国民の多数が違和感を示しても
- 説明責任を果たさず
- 強行姿勢を崩さない
これは編集権の問題ではない。
NHKが「国民の代表」ではなく「自分たちこそが正しい」という権威主義的思考に陥っている証拠だ。
公共放送とは、本来「国民の総意に最大限配慮する存在」であるはずだ。
それを放棄した時点で、公共性は失われる。
半独立組織という最も危険な形
今のNHKは、
- 国営放送ではない
- 民間放送でもない
- しかし準租税徴収権は持つ
という、民主主義社会で最も危険な形をしている。
中国共産党の国営放送は、少なくとも国家権力の統制下にある。
しかしNHKは、国家の統制すら拒否しながら、国民から金だけを取る。
これは「独立」ではない。
無責任な半独立であり、民主主義への挑戦である。
解決策は二つしかない
この状況を是正する道は、もはや二つしか存在しない。
- スクランブル放送化による完全受益者負担
- 政治決断による民営化(実質解体)
NHKが本当に公共性に自信があるなら、スクランブル化を恐れる理由はない。
それを拒否するということは、自らの実力不足を認めているに等しい。
そしてスクランブルを拒み続けるなら、政治は民営化という形で、
NHKを民主主義の枠内に引き戻す責任を負うべきだ。
おわりに
NHKはもはや「改革が必要な公共放送」ではない。
民主主義社会の統治原理から逸脱した、是正されるべき権力組織である。
制度があるから生き延びているだけの存在に、
「公共放送」を名乗る資格はない。
政治が決断しなければならない段階は、すでに過ぎている。
NHKの民主主義への挑戦を止めるため、
民営化という現実的かつ不可逆的な選択が、今こそ必要なのだ。

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